無期限活動休止前ラストライブ
初めて見たイツエのライブ。初めてこのバンドを見て、このように感じた。秘境にしか存在しないような崇高なバンド。海の底深くの深海、純度が高く、一切の濁りがない水の中でしか生きていないような稀有なバンド。それがイツエだと思う。
その場所に行けば、圧倒的なパワーを前に言葉が出ない。まるで世界遺産でも見てるかのよう。そんな神がかったものをライブで感じさせてくれた。まさにあの場所は奇跡だったのだと思う。
初めて彼女の生の声を聴いた瞬間に「天使だ」と思った。今までに聴いたことのない透き通った清らかな歌声。ボーカル瑞葵はまさに歌うべくして生まれた天使だ。そして、もちろん瑞葵だけではイツエは成立しない。圧倒的な美声を持つ瑞葵を支える奥行きのあるサウンド。決して目立つわけではない。しかし、馬場義也の巧みなベースを筆頭とした重厚なサウンドは、瑞葵の歌声の美しさを最大限に際立たす。瑞葵がいなければイツエは成立しないし、ベースの馬場義也、ドラムの吉田大祐、ギターの久慈陽一朗という3人が作り出すサウンドでなければ、イツエは絶対に成立しない。これを最高のバンドと言わずして何と言うのだろう。
イツエのライブはアーティスティックだった。美しいその光景はまさしくアート。4K、7.1chサラウンドのような圧倒的な美しさと臨場感をストロングポイントとするその作品は、時に感傷的で、また時にはエモーショナルで、見る者たちを退屈させない。MCの中で瑞葵が「退屈してないですかー?」と観客に投げかけていたが、こんなライブを退屈だという人が果たしていたのだろうか。
最初は穏やかなに感じたバンドサウンドも、時間が経つにつれ徐々にボルテージは上がり、それに比例するかのように神がかった凄まじいグルーヴが生まれる。あまりのエネルギーに圧倒され、自然と熱いものがこみ上げてくる。
特に印象に残ったのは8曲目の『ラブレターフロム』。なかなか表に出すことはないが、それぞれのメンバーが持つ揺るぎない熱い魂を放出するかのように生命力に満ちたパフォーマンスを披露。圧巻だった。このバンドが持つ計り知れないエネルギーを強く感じた。
ライブ後半には最近イツエを知った人にとっては新曲、昔からのファンにとってはなじみのある初期の頃の曲がいくつも演奏された。
そして気付けば残り4曲。ここでイツエの4人が、メンバーやファンに感謝の言葉を述べる。一番印象に残ったのはベース馬場義成の言葉だ。「(観客の)みんなは寂しいとかそういう感情を抱いているかもしれない。でも僕たちは寂しさよりここでみんなとやれることの喜びや奇跡を味わいたい」。
ハッとさせられた。嘆くのはもったいない。この瞬間、この場所にいることはまさしく奇跡なのだ。それを噛みしめず休止を嘆くのはこの場所に行けなかった人や、バンドが解散してから出会うリスナーに失礼だと思った。この奇跡を存分に味わおう。そして私は改めてライブに全神経を集中させた。
そして、いよいよ残り1曲。瑞葵が「私達のこれからの未来を作り出す1曲です」との言葉を告げ、ドロップされたのは『名前のない花束』。2015年のベストアンセムとも言える、まさしくこのステージの最後にふさわしいナンバーだ。
深みのあるサウンドと優しくて温かなメロディがステージに響き渡る。嘆いているわけではない。悲しんでいるわけでもない。音が心を揺れ動かし、目にいっぱいの涙があふれ出てくる。周りを見ると目にハンカチを当てている人がいた。彼らの生み出すエネルギーを全身で感じ、その瞬間をゆっくりと、はっきりと噛みしめ目に焼き付けた。
イツエの曲を生み出す馬場義成は、自分のことを「ひねくれ者」だと何度も口にしていた。だからイツエの歌にはキャッチーな曲はあまりないと。
確かにイツエは飛びぬけてポップなわけでもなく、キャッチーな曲が多いバンドではない。しかし、イツエの曲には他を圧倒するグッドメロディがある。これがあるから多くの人に愛されるのだろう。これだけ美しい旋律を奏でるバンドはそうそういない。イツエの音楽はまさに芸術作品だ。
ライブは全25曲。2時間半以上に及んだ。アンコールはなかった。「一度戻ってまた帰ってくるエネルギーがあるなら、そのエネルギーを本編に全てぶつけたい」。そんな想いから、彼らは全てのエネルギーをライブにぶつけてみせた。納得しないファンなどはいない。ライブ終了後、オーディエンスからの一向に鳴りやむことのない温かな拍手がそれを証明していた。
白を基調とする衣装を身に纏った4人の姿は、眩しいほどに光輝いて見えた。私はあの光景を一生忘れることはないだろう。メンバーはファンにたくさんの感謝を告げていたが、感謝をしたいのはこっちのほうだ。短い間だったけど、出会えて本当に良かった。ありがとうイツエ。
そういえば、イツエはある曲でこんなことを歌っている。
「また会えたら笑ってほしい」(56番線)。
はい。絶対に笑顔で迎えます。いつか笑顔で再会する日を願って、イツエの音楽を聴きながら、そのいつかを待とうと思う。
イツエPresents 「ヘルツはそのままで 最終章-ful-」@新代田FEVER セットリスト
1.ネモフィラ
2.はじまりの呼吸
3.言葉は嘘をつく
4.56番線
5.侵緑
6.エンドオブソロウ
7.青い鳥
8.ラブレターフロム
9.生活
10.海へ還る
11.告白
12.回廊
13.10番目の月
14.螺旋
15.それはとても美しいのでした
16.セトラ
17.夏日
18.ある朝の情景
19.トランシーバー
20.沈む花
21.時のゆらめき
22.冷たい春
23.さよなら、まぼろし
24.グッドナイト
25.名前のない花束